東北の日々、震災復興活動によせて

米国マサチューセッツ工科大学・MITの東日本震災の復興支援活動。また、宮城県南三陸町に住み込むことによって、世界と繋がりをもった東北地方暮らしにおける日々の出会いや発見の展開を描きます。

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戸倉・波伝谷集落との出会い

 
もう一件、仮設集会場を望む声が耳に入ってきた。

1月29日、3日間の南三陸町の訪問を終える帰途
につく車の中で、知人のNPO活動家から一本の電話
が入った。歌津から陸前戸倉の内陸部へ差し掛かった
ところで、車をとめ話し聞いた。

これまで志津川湾をかこむ南三陸町の北側・歌津地区
で活動を展開していた私達だが、今回はその湾の反対側
戸倉地区・波伝谷という集落で起こっている話しだという。

何しろ車をUターンさせるのと同時に、私たちは紹介された
波伝谷仮設に住む後藤婦人に率直に電話を入れ半時後に伺う
了承を得た。

例によって、4畳半のこたつに後藤夫妻、神田先生、私の
4人は座り、しょうがスープを飲みながら、奥さんが先だって
望んでいる仮設の集い場に関して話しを聞いた。彼女の話し
では、人々が集う場としてはもちろん、内職を生かす場として、
場合によって高齢者の介護の役割を担う拠点として必要だとのこと。
アイデアは豊富だった。

果たして話しは膨らんでいくものの、できますという約束はできない。
しかし、協力はできるという言葉をおいて、最初の訪問を終えた。

ここまで熱心な女性と出会ったのははじめてだった。
隣りに座る旦那さんは、時折的確に言葉を付け加える。
興味深い夫婦と巡り合い、何かが始まった。



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Smart Mobility-スマート・モビリティ

 
この3/11プロジェクトには、来春Smart Mobilityの考えが組み合わされる
ことになっている。現在、案を練っているところだ。

夕刻、かもめの群が居並ぶ防波堤に登った。
漁村集落というからには、この石浜の本当の顔を見ないからには
帰れない。

比較的震災被害の少なかった石浜といえども、
河を渡っていた橋もろとも主要道路が流されしまった。
JR東日本と同様、復旧の目処は未だ見えてこない。



CIMG4948.jpg



だからこそ、スマートモビリティーを結ぼうとしている
一方で、この光景を見て思い出したものが、

メキシコからアメリカへ渡る手引き舟:
Hand Pulled Boat crossing the boundary between USA and Mexico.

一切の技術も電気も入らない、ただただ乗り合った人々が
共に綱を引くのだ。

01_Hand-Pulled>Mxic-USA のコピー

最先端の技術と慣習の接点にいたいと感じる。


 

人との出会い

 
石浜歩きは続く。

何度も同じ通りを行き来する私たちは、住民にとって
どう見えるのだろうか。

"ボランティアです、復興支援です、調査です"
といった言葉に辟易している地元民は少なくないだろう。

加藤ヒロシ、石浜の漁師、は前触れなく私たちに声をかけた。
最初は強面の顔で近づいて来たため警戒したものの、その表情は次第に
崩れていった。通りすがりの近所の方が、植木をくれ、加藤さんは抱え
きれない漁の昆布をお土産に持たせてくれた。

彼は手でちぎって、それを渡し、一緒になって噛む。
うまい、という私たちの率直な言葉に彼はとても満足そうだった。
それは、お世辞でもなくおいしかった。

彼らに実際に何かができているかは分からないが、
こうして顔で付き合っていることさえ意味があるのかもしれない。


sayaSmile.jpg



人との出会いは、決して地元民に限らない。
南三陸町に住み込む三浦さん、新聞記者がいる。私達と一緒に歩いた
ところで記事になることはないように思えるが、それでも彼はやってきた。

そうか、そうか、

と何かを掴むような相づちが印象的だ。

DSCF7066.jpg


被災地で、様々な人間が多様な方向性を見つめているようだ。

 

潮が満ちるとき

 
石浜を歩く、

正午、空かせたお腹におにぎりを入れながら石浜到着の印象
を味わっていた。

しばらく歩き、再び湾へ戻ってくると満ち潮の時になっていた。
岸壁を越えて引いては打ち寄せる波が美しい。

温暖化と震災による地盤沈下を嘆く、漁師及川さんに相づちを
うちながら、目は水に注がれていた。



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もうほとんど見られなくなったガラスの浮き島があった。
通りの端に転がる光景は、どこか情緒がある。
DSCF7045.jpg





DSCF4102.jpg

石浜の水と近づく経験は、イタリア、ヴェネチアを想起させる。
ちょうど今頃、むこうはAcqua Alta: 高水/高潮/浸水の時期だろう。


 

南三陸町、石浜にて

 
海に向かった集落、と言うだろうか。
南三陸町歌津、石浜で海に向かって立たずんだ。
今日もいつもどおり漁から戻って来た漁師、漁船が目の前に並んでいた。

そこで出会った漁師、及川さんは南三陸でも津波の被害をほとんど
避けられたのはこの石浜集落のみだという。

震災後"高台移転"と人々は騒いでいるが、
津波で流されない暮らしのかたちがこの石浜にはあるように思える。

急斜面に沿って並ぶ家々は彼らの仕事場、海から目と鼻の先だ。
海に生まれた彼らの住処は、きっと陸の高台にはありえないのではないか。

思い出したのは、イタリア、チンクエ・テーラの断崖絶壁の集落だ。
この100年以内まで発見されなかった、孤立無縁の集落だ。
世界中から注目されたこの海際の集落と、さほど大きな立地の違いはない。

なぜ日本には起こらないのだろうか。

海のすぐ真上、新たに断崖の上に住宅が建てられるようだ。
   
DSCF7007.jpg


斜面にたつ石浜の家々、そしてイタリア、チンクエ・テーラ
DSCF7010.jpg DSCF5421.jpg
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